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ワークアウトとMMT(現代貨幣理論)という覚醒コンテンツ

突然ですが、オモロー漫画家である山田玲司先生曰く、世の中にあるコンテンツを二通りに分けるとすれば、覚醒コンテンツ麻酔コンテンツに分類できるといいます。



覚醒コンテンツとは・・・

アートよりで、いわゆるアヴァンギャルド系とかの異化、攻めのコンテンツ。これまでの見方が変わってしまったり新たな見方を提示しているコンテンツ

 

麻酔コンテンツとは・・・

心の癒しやお約束的なもので、これまでの型がベースになっている同化、共感、守りのコンテンツ

 

この二つって一つの作品の中でもバランスしていて、どちらも必要な気がします。

 



そこで最近おススメしたい、重要かつ最強の覚醒コンテンツを二つ

それは「ワークアウトの常識」と、「現代貨幣理論のMMT」

 

まずワークアウト(日本でいう筋トレ)についての常識を覆すのが ⇒ 北島達也 公式Youtubeチャンネル

↑トレーニング(調教や研修)は今すぐやめてワークアウト(目的達成のための手段)しましょうって・・バカやん日本人(猛爆)

そらそうですよねぇ

良くも悪くも、未だに日本の学校教育がイギリスの士官学校をベースにしてますから

・・目的が軍隊的な命令遂行であって、問題解決には重きをおいてないですよね

 

なので、なぜ日本人が帰納的(経験主義)な側面が強いのか、命令遂行=思考停止、となってしまいやすいのか、そのベースは教育かもですね。

別に帰納的なこと自体に良いも悪いもないと思うけど、うさぎ跳びや、水を飲まないことは良いことみたいに、それまで常識や科学的見解が実は間違ってた、なんてことは良く聞く話。

 

その他、北島さんが語っていたことで印象的だったのが以下

1.アメリカのビルダーは、最新の科学情報についてはゴシップやオカルトと同じと扱っており真に受けない

(当然だけど机上の空論よりカッコいい肉体そのものを評価する)

 

2.日本人は「Too Much Focus」になりがちで、数字を見過ぎるあまり、全体が見えてないことが多い

(ここにも「失敗の本質」で言われていた悪しき習慣が・・)

 

3.日本人は踵重心であり、欧米の爪先重心とは違う。それは農耕民族(長期継続型)と狩猟民族(短期結果型)の違いで、ものの考え方も違う(良い悪いは別)

 

4.長時間のワークアウトは逆にバルクアップ(速筋増)しない(例はマラソンランナー)

 

5.あとは諸々の食(栄養素)に関すること。栄養素の役割から分かるそれぞれの制限方法

(ローカーボ/Low carbohydrate、ローファット/Low fat、ローカロリー/Low calorieなどなど)

 

上記は北島さん自身の体験や、今まで積み上げてきた日本、アメリカのボディビル史の結果から導かれているので非常に説得力がありますね。

 

でも一番は北島さんの人柄という実は麻酔コンテンツなんですけど(笑)

 

 


続いて現代主流派経済学を覆すのが ⇒ 「新」経世済民新聞 三橋貴明 公式チャンネル

さて、話はそれますが(実はそれてないんだけど)、音楽、とりわけロックから派生した、パンク/ハードコア、

例えば、CRASSやMINOR THREAT等のDIY精神、ストレートエッジ等のレベルミュージック的な思想史を知っていく中で、

何かと不自然で時に滑稽なエンタメというよりも、プロ/インディー関係なく(つまり商業的である必要のない)、より自然でライフワーク的な活動や、カウンターカルチャーとしての音楽、作品そのものに重きをおく表現軸共感を覚えました。

 

またそんな中、長引くデフレの影響で昭和/平成のメインカルチャー的ビジネスモデルはほとんど崩壊。

ネット環境も広がり、くだらない線引きすら溶解した現在に至っては、結果、有名無名関係なく、やりたきゃやりゃいいだけの話になっている訳なのですが(猛爆)

そんな社会環境や、個人のライフスタイルに対しても、不可抗力で圧倒的な影響のあるお金や経済って一体何なのだろう?と漠然と考えることがあります。

 

エンデの遺言や、シルビオゲゼルの減価する貨幣、BIやら陰謀論系のアンチロスチャイルド、インタゲ論等、素人なりに色々見てきたのですが、

そんな中で上記の「三橋貴明チャンネル」は、現在の日本の経済状況をマクロ的に腑に落ちる説明してくれるチャンネルです。

 

何も知らない人の為に、社会や国自体の方向軸を決めてしまう教科書的な経済の三大潮流をざっくりいうと、

1.マルクス経済学(資本主義の限界を説いた。左側、社会主義、共産主義者に多い)

2. 新古典派経済学(主流派。右側、小さな政府。トリクルダウンとか色々と実体と合ってない)

3.ケインズ系経済学(大きな政府。第三の道。三橋氏やMMTはこっち)

 

アカデミックの場では、未だ新古典派経済学(リフレ派を含む)が主流派で多数なようです。

 

※下記はMMTを主張するステファニーケルトン教授

さて、昨今アメリカはもとより、上記の「三橋貴明チャンネル」、または日本でも議論を巻き起こしているMMTですが、これは経済学というより、貨幣を説明した現代貨幣理論だと言います。

 

なぜそれが議論を巻き起こしているかというと、最もベーシックな貨幣の創造プロセスが、現在の世界的な主流派である「新古典派経済学」には抜け落ちていると主張をしているためです。

(つまり主流派は信用創造や国債、貨幣が何かが分かってないってことよッ)

 

それは天動説から地動説へ位のインパクトがあるようなんだけど、そもそもこの認識に立たなければ、現在のデフレ不況は終わりません。

 

 

なのでこれが浸透すれば恐らく歴史的転換点となるだろうし、この主流派のドグマによってもたらされた、現在までの個人への影響(自殺者の増加)、各業界への機会的損失に思いを馳せると・・

少なく見積もっても万死に値すると思いますので・・・やはり駆逐、修正したほうがいいでしょう。

 

で、以下に整理しつつ、ざっくりまとめてみると・・

1.以前から経済学では「主流派経済学(新古典派経済学)」と「ケインズ系経済学」で主張の違い、対立がある

よく言われる対立軸は、政府が市場をコントロールすべきか、自由で市場にまかせるべきか論ですが、MMTがより強調している点は、それ以前にそもそも主流派は貨幣が何かが分かっていないという点です。

 

2.主流派と違うのは土台となっている貨幣観や貨幣創造プロセス

主流派は「商品貨幣論という、お金自体に価値があるという未だ金貨や銀貨的な金属主義であり、

MMTや「ケインズ系経済学」は、お金自体には価値はなく、背後に国の徴税権(強制力)が価値を担保しているという信用貨幣論※このへんは暗号通貨勢も「主流派経済学」に倣って勘違いしてます

 

3.ハイエクvsケインズって論点(小さな政府vs大きな政府)も面白いけど・・

MMTが主張しているのはそもそもなぜそんな「小さな政府vs大きな政府」といった対立ができるのか?それって本当に必要なのか?ってこと。

主流派である新古典派経済学が、小さな政府を目指す根本的な理由はいわゆるお金のプール論に基づいた「財源論」です。

しかし、それは上記の金属主義に基づく誤った認識であり、財政的に制限があると勘違いしていることが原因です。

 

これは単なる事実ですが、銀行がお金を貸し出す際、プールしている皆の預金を銀行が貸し出してる訳ではなく、銀行が無から記帳をして信用創造をしています。(なので財源論に意味がない⇒補足はこちら

それってつまり、お金=負債お金それ自体が借金そのものであり、借金しなければ、お金は生み出せないってことです。

 

なので民間にお金が足りないデフレ期には、政府が国債でも発行して、民間に需要を作り、お金自体を供給する必要があるのですが、無駄を省けとばかり政府までもが支出削減や、増税でお金を吸い上げると、当然ですが民間のお金の流通量がどんどん少なくなります。

その結果、パイの奪い合い(バトロワ、過当競争)が起こり、本来の価値であるあらゆるサービスや技術よりも、相対的にお金という紙切れの価値がどんどん上がっていってしまいます。

 

日本はそれをバブル崩壊以降、この間違った認識を基に20年以上緊縮をやってきており(今もナウ)、慢性的なデフレ状態な訳ですね。

 

アベノミクス(リフレ政策)では、日銀が量的緩和を実施しましたが、いくらやってもインフレ率は上がりませんでした(量的緩和だけでは誰も借りないし民間に流通しない)。

今思えばリフレ政策の期待インフレ率というただの希望論は極めてふざけてますね。

 

 

4.価値があり制限があるのはお金という紙切れではなく、供給力や強制力などの実体そのもの

このへんは中国がなぜ存在出来ており、急成長しているのかを考えたら一目瞭然です。

MMTが主張しているのは、お金のプールは存在しない以上、供給制限があるのは、その供給力(技術やサービス)そのものである点。

決して打ち出の小づち等ではなく、自国通貨建てで供給力が許す限り(インフレ率)において、借金の制限はないということ。

 

5.インフレ期とデフレ期ではやるべき経済政策が真逆

そうして導かれるのは「主流派経済学」(サプライサイド、増税)は主にインフレ期にやるべきで、デフレ期は「ケインズ系経済学」(デマンドサイド、減税)で有効需要を国が作らないといけないということ。

そもそも需要がない局面で民間は投資しませんし、出来ません。

 

 

6.国の役割はそもそも非営利で、所得の再分配(政府と日銀は統合政府なので国債(借金)は相殺する)

ここまで理解すれば、財源論自体(PB)に意味がないことが分かります。

まずそもそも日本の国債(借金)は自国通貨建てなので破綻するわけがない。

しかも国家と日銀を統合政府と考えれば連結して相殺します。政府と民間のバランスでもいい。

であれば資金的な制約はなく、供給力による制約しかない。・・・それだけやん?⇒補足はこちら↓

7.そもそも「円」は「国家」の管理下にあるので、「円の信認ガー」と騒いだところで、「円」のために「国家」がなくなることもなければ、国民が消えてしまうこともありえません。

「政府と民間」という見方をすれば、政府の支出した借金は、単純に民間の資産として計上されるだけです。

なので目的と手段のはき違えるのやめるべきなんですが、残念なことにこれが「無駄を省け」というルサンチマンと合流し、越えられないバカの壁となっています

これが20年以上に渡り、自らの首を絞め、将来世代を毀損しつづけ、少子化や希望のない閉塞的社会を作り出してきた要因です

 

8.この国はインフレすら抑制出来ないからダメだっていうMMTへの反論って一体何なのでしょうね・・・

いや、多分テレビの見過ぎなのでしょうが、デフレ脱却出来てないんだからむしろ的確に抑制出来てるやん・・逆に滅ぼしたいのでしょう。まさに近衛内閣末期っ(なつい)

 

 


ここで少し話を変えて、おすすめの映画をご紹介。

覚醒コンテンツって意味では、ヒキタクニオ原作、窪塚氏主演の「凶気の桜」は名言が多いのでおすすめです。

 

例えば主人公の山口(窪塚)がファミレスで所かまわずくっちゃべる若者に対して

「おめえん家か、あの店は?うるせーんだよ、オメエらのきたねえ、棒とか穴とかの話聞きたくねーんだよ。こっちはサラダ食いに来てんだろーがッ」と頭にバリカンを入れながら説教してみたり(猛爆)

ヒロインの女子高生が、子連れの母親を無視し続けて席を譲らないサラリーマンに対して

ほんと腐ってますよね、日本人って」って呟くシーンがね・・・・今見ても未だに続いてるあの時代の空気(欺瞞や閉塞感)をすっ飛ばすようでスッキリします。

アマゾンプライムで見れるみたい。

 

ちなみに実体のほうの「平成維新だ、馬鹿野郎」は、小泉、ケケ中の構造改革(小さな政府論)という日本破壊でしたね。

・・なんだか右左イデオロギー以前に、自らの先天的に持っているアイデンティティなくして、主体性もクソもないんだろうなぁ。

ちなみに劇中で流れてるKダブシャイン氏とかもそうだと思うけど、レベルミュージック側の先人たちが実践してきたことは、DIYやインディペンデント、つまりは独立性の担保(奴隷精神批判)ですが、これは諭吉先生や、西部邁先生が論じていた国家のあり方も同じですね。

 


まとめ

はい、話をMMTに戻してまとめると、そもそも通貨が何かを理解していない「主流派経済学」に基づいている限り、デフレ解消は出来ないってことかな。

彼等の理屈に基づけば、借金という理由により震災後に復興増税なんていう愚行を行う国家に成り下がってしまいます。

 

逆にMMT等の現代貨幣理論(単なる事実)に基づけば、話がひっくり返る(正常化する)ので、国家の財政や、通貨供給量自体がただのスタビライザー(インフレ率の調整)という意味しかなくなります。

 

そうすれば、そこに紐づいているいわゆる国の借金をベースにした、小さな政府論とか、少子化年金奨学金etc、ただただ粛々と供給すればいい訳で経済的に何も問題ないということになります。※あくまで経済的に

 

ってことは、今回の増税もただの財務省の省益という、クソしょうもない意味しかない訳ですね。

 

まさに「Too Much Focus」

 

 

・・・ま、もちろん決定論に陥ってはいけないのは前提ですが、20年以上も解消されない現在までのデフレ状況や

MMTへのマスコミの的外れなネガキャンぶり鑑みると・・・これは事実なんだろうし

大げさでもなんでもなく、これがこの国にもっとも必要で、重要な覚醒コンテンツじゃまいかと・・・。

 

・・この夏はそんなウジャウジャなおサル脳をスッキリさせたい(自省)今日この頃でした。

 

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